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適度に、適当に。

選択の多い人生ですが、家族で楽しく暮らしていきたいです。

長男が生まれたころを振り返る。ストレスの原因は本当に夫だったのか。

つぶやき。

こんにちは。
少し(だいぶ?)ネガティブな話を書きます。
暗い気持ちになりたくない方は、読まないで、お戻りいただければ幸いです。




さて、
乳幼児を育児中の母親にとって、共感を得やすい話題が1つあります。
「夫をストレスに思うとき」
についてです。

多分、子持ちの旦那様方も、盛り上がれるんじゃないですかね、
「子供を産んで妻が変わってしまったこと」
とか。

私もユッキー(夫)によく言われます。
どうやら、長男を生む前とは別人になったらしいです。


好きでお付き合いして、結婚したはずですが、長く過ごすようになるとお互いを疎ましく思うことがあります。

子供、特に乳幼児の手がかかる子がいると、夫の育児・家事への無能力さが際立つ。できないのは、努力が足りないからで、つまりは妻のことを大事にしていないからだ、と感じる。働いているのは夫だけではなく、妻も仕事があるのに、しわ寄せは妻にばかりきて不公平。
(夫からすると、妻はいつも余裕がなくてヒステリー気味なので近付きたくない。子供のことばかりを言い、多少は仕方がないとは言え家事はおざなりだし、働いて疲れている自分(夫)を尊重していない、と感じる)

そして、いつか復讐してやる、と、熟年離婚をお互い心に誓う。



何の話?と、お思いでしょうか?
長男が誕生した頃のうちの様子を、反省を込めて、大袈裟に書いてみました。


大袈裟ではありますが、やっぱり思い返すとギスギスしていましたね~。
赤ちゃんでよくわからなかったかもしれないけど、長男にも悪影響があったんじゃないかと心配です。


今、振り返ると、ユッキー(夫)は育児も家事も協力的でした。
でも「協力」なんですよね、主体性がないのです。当事者意識が薄い。

指示されたことはやります。指示しなくてもわかってることもやります。
うんちのオムツも変えるし、泣いたら抱き上げるし、食器洗いも洗濯もします。飲みに行ったりする回数も減りました。(書いていてあらためてイクメンだな!と思います、今なら)

だけど、少し先のことは考えようとしません。育児休業中なら、例えば、保育園をどうするか、病児保育をどうするか、予防接種の日程は、離乳食の進め方は、食物アレルギーの治療法は、幼児教育はやるのかやらないのか…。
健やかな生育に必要なこと、将来設計まではとても意識が向かない。
今、目の前の雑事が全て。それだけでやったつもりになっているように見える。


何で⁉
自分の子なのに大事じゃないの⁉


出てくる、出てくる、相手を責める考えばかり。


出産後、体調が悪いことが多く、産後うつのような気分の浮き沈みもありました。そのせいもあったとは思います。


でも、この考え方って、いわゆるモラルハラスメント、ですよね。

家事ハラスメント、育児ハラスメント…まあ、名称はなんでもよいのですが、
要するに、こうあるべき、という押し付けです。
自分が辛いんだから、相手も辛くなくちゃおかしい、という精神状態なのか、
はたまた、自分が必死だから相手も限界を越えて必死になれって要求ですかね?(自分のことなのですが、ちゃんと覚えていないのです)


子供を真っ当に育てる、という大義名分と正論を盾に、
人として、越えてはいけない一線に足を踏み出し始めていた気がします。


考えるだけで相手に伝えてないから大丈夫だよ、という言い訳をもう一人の自分がしています。


本当に?


もちろん、ネガティブな考えを持っちゃダメ、なんてことはないですよね。誰かにムカッとくる時があるのは仕方がありません。

でも、人を責める思考回路が出来上がっちゃうことはすごく危険。完全に出来上がっちゃったら、戻ってこられなくなります。
たまにいませんか、何でもかんでも人のせいにしちゃう人。モンスタークレーマーさんたちとか、独自の思考回路を形成していますよね。


爆発しそうな怒りを抱えながら、
正しくあるべき、
こうあるべき、
と、相手を責め続ける気持ちがあって。
何か不具合があると、それは全て相手のせいになり。


夫婦なら許される?
相手が間違っていたから仕方がない?


結局、あの時の私は、ユッキーにどうしてほしかったのかな?と考えます。


限界だ

と、毎日思っていました。
自分の能力が、自分の理想と大きく乖離しているのに、なかなか認められませんでした。
体の調子もおかしくなって、育児休業から復帰すると毎週末のように倒れていました。

長男の食物アレルギーが発覚してからは、アレルギーになったのは私のせいだ、と思い、余計に辛く、ひどくなっていきました。

多分、自分ができていないことを責める気持ちが根底にあって、でも、自分を責めて落ち込んでいては仕事も育児もままならなくなってしまうので、
自分への怒りを夫への怒りに転換し、怒りをエネルギーに代えて日々を乗りきっていたんですね。

自分がうまくできないのは相手のせいだ、とすり替えることで、自分自身への攻撃をそらす防衛反応みたいなもの。
でも、自己防衛のために大事なはずの家族に無言の攻撃を続けることが、私の望んでいたことだったのかな?
絶対違うのに、何かおかしい。どうすればいいのかわからない。


それで、ある日、突然に。
何のきっかけだったのか、思い出せないのですが。

私は自分にできないことを自分に求めている!
無理なものは無理!
私は欲張り!
と、気付きました。

自分自身では、「オバサン化した瞬間」だったと認識しています。
憑き物が落ちた、という感じです。

気付いちゃってからは、
ものすご~く、生きるのが楽になりました。

別に、不真面目にやるわけじゃないんですよ。
一生懸命やります。
だけど、無理してまでやらない、と決めました。

できないことをやらなくちゃと思うのをやめました。
邪魔になるものは、物でも人でも習慣でも、どんどん捨てました。

最初に捨てたのは、理想の自分です。
家事をそつなくこなし、完璧な優しい母であり、仕事でもバリバリ成果を出す。
そんな能力あったら、そもそもこんなところでくすぶってますか(笑)?無理です。
無理、と思う私を責めるのは私だけだと気づきました。

次に捨てたのは、理想の夫です。
夫であっても他人です。言わなくてもわかるでしょって、エスパーじゃなきゃ無理です。
やってほしいこと、変えてほしいことは口に出して説明することにしました。
たいていのことは簡単にやってもらえました。悩んでいた時間がムダに思えました。

疲れたらどんどん休むことにしました。
自分を甘やかしました。
できないことより、できたことを自分で褒めるようにしました。
お金や道具で解決できるなら、どんどん楽してみることにしました。

まあ、いいか。
何とかなる。
命までは取られない。
私にしては、よくできている。


深刻に考えて、思いつめることをやめました。

それでも、振り返ってみれば、家事は少しできるようになったし、
こどもたちはすくすくと育ってきました。
最近は、ブログを書くこともできています。

昔の思いつめていた自分から見れば、なんでそんなにいい加減なの!!
と言われること間違いなし!の、ていたらくですが、
まあ、それが今の自分だし、結構頑張ってるし、期待にそえなくてごめんね。
って言い返せる程度にはオバサン化も進行しています。

それでもまだまだ、不機嫌になって思考だけが空回りして八つ当たりしてしまい、
ユッキー(夫)に怒られることもあります。
ダメですね~、人間が小さい。よく夫に捨てられずにいるものだ。


私は、考えてばかりいるとろくなことがないので、
空回りしているな、と思ったら頭を使うのをやめ、手を動かすことを優先することにしました。
お鍋を磨くとか、床の水拭きもいいですよ。一つのお鍋、一部屋の水拭きが終わる頃には
結構すっきりしています。一石二鳥。
散歩もいいですよね。

目の前のことに集中するのもお勧めです。
長男の可愛さ、食事の美味しさ。
この本の影響もあります。

考えない練習 (小学館文庫)

考えない練習 (小学館文庫)

そういうクールダウンできる行動をいくつか持っておき、カッカしてきたら黙々と行動する。
こどもやペットの頬っぺたをむにむにしたり、とりあえず抱えたりしてみたりする。

そんなに1分1秒を争う事態って、日常では起こらないですから。

やらなくちゃと思っていること、いっそのこと、ぜーんぶ放り出して、お茶を一杯、ゆっくりと飲むのも。
過去記事→涼しくなったら温かい緑茶はいかがですか? - 適度に、適当に。

肩の力を抜いて、思い詰めるのをやめると、難しいと思ったことがスルッとできてしまうこともあります。


ストレスの正体は、私の場合、夫に転嫁しようとする自分自身の思考回路でした。

***

うわぁ、今日は本当に長い文章になってしまいました。
最後までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。