読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

適度に、適当に。

選択の多い人生ですが、家族で楽しく暮らしていきたいです。

家事は分担しない方がうまくいく。

家事。 つぶやき。

今日は、夫の愚痴を書こうと思います。

夫は家事が下手くそです。
何度伸ばしてから干すんだよ、と伝えても洗濯物をシワシワに生乾きにできるし、掃除をすればかえって汚れます。

餃子やステーキを焼くのは上手ですが、コンロの周りは大変な惨状になります。


そのため、我が家では家事の分担はしていません。そうしたことで、かえって楽になったので、そのことについて書こうと思います。


家事は分担せねばならない?

共働きであるからには、
家事や育児も夫婦共に取り組むべし

みたいな思い込みというか、
ある種の思想を子どもの頃から刷り込まれていた気がします。

家事や育児に積極的ではない夫を持つ、と言うことはイコール、性差別を助長し容認する行為であるので、女性たるもの戦わねばならない。

というか(笑)。

書いていて笑ってしまいますが、
割と本気でそう習ったようにも思います。


夫が家事をしないと世間に対して顔向けできないような情けない気持ちになったりしていたわけです。


自分では、自分は好戦的な人間ではない、と認識しています。

にも関わらず、夫に対してだけ、本当に些細で本質からズレたつまらないことにまで、烈火のごとく腹が立つのは一体どういうことなのだろう、と、考えた時に、
もしかして脳内で女性の地位確立のため戦ってたりするかも?と思いました。


私と夫の喧嘩ではなく、男女差別の問題に風呂敷を広げてしまっていたみたい。そんなことする必要ないし、だれも求めていないのに、
「私の夫は家事ができないのです、そしてあろうことか、私は容認しています」
と言ってはいけない気がしていたんですよね。

現実の知り合いが一人も読んでいないこのブログでも、書いてはいけないような気がしていました。

夫が長期入院した時に、家事自体が苦ではないことに気づく

家事を押し付けあっていると、だんだん必要以上に家事を嫌うようになっていました。
そんな頃、急病で夫が入院することになりました。2年前のことです。


当時こどもは2人とも保育園児。フルタイムでは回らないので短時間勤務に変更してもらい、突然、数カ月間のシングルマザー状態に。

朝はお弁当を作り、幼児二人に朝食を食べさせてから身支度をして、7時に家を出ます。
仕事を終えて18時に保育園にお迎え、
帰宅して19時までに夕飯を食べさせたら、20時までの面会に間に合うように、2~3キロ離れた夫の病院へ三人乗り自転車を20分漕ぎます。

30分ほど病院で過ごし、帰ると入浴→歯磨き→幼児たちは就寝。
寝かしつけたあと洗濯を干して翌日の準備。
週末には一週間分の食材の買い出しと常備菜を作っておき平日に備えるような生活でした。


秋の爽やかな季節だったので、土砂降りの日以外は入院中、毎日病院に通いました。
そんなに病院に行く必要もなかったのですが、こどもたちはお父さんっ子なので、今日は病院に行けないと言うとずっと泣いてるのです。

次男はそのころ、一度泣きだしたらご飯は食べない、お風呂には入らない、手がつけられない魔の2歳児でしたので、病院に行く方がずっと楽でした(笑)。


書いていて、経験していなければ、なんだか大変そうだなぁ、と思うのですが、実はそこまで辛くはありませんでした。

一緒に過ごすのがこどもだけだと、家事は全て自分のペースで進められます。食事の内容も、時間の使い方も、夫にいちいち確認する必要がない。毎日同じ時間に同じことをするだけでいい。それがこんなに楽なことだとは!

大変ひどい書き方ですが、入院生活の後半は、夫と離れた生活を謳歌していました。

もちろん、夫の手術がうまくいって、病状が回復していたので、退院するまでの期間限定だからそんなふうに思えたのはわかっています。

ただ、あの時に、
家事が嫌いだと思っていたけどそうではないかもしれない、
1番苦手なのは自分のペースを乱されることなのかも、
と気づいたのは、入院生活のおかげです。

家事を分担する、という考えを捨てる

大事なのは、我が家の生活がうまく回ることだけです。男女の地位は別問題。
家事をうまく分担できるおうちはそうすればいいけれど、我が家には当てはまらない。

私自身も家事は苦手な方ですが、それでも夫よりはまだマシです。苦手で嫌いなことを夫にイヤイヤやってもらう(やらせる)努力をするよりも、自分で効率を考えてどんどん進める方が、気持ちも体力もずっと楽でした。


「我が家において、すべての家事は私の仕事である」
と、認識しました。
その上で、どうしても時間や手が足りない時には、依頼して「手伝って」もらっています。

結果的には、夫も家事に参加するという事実は変わらないのですが、
「夫が家事を分担してくれない、それは私への愛情が足りないのか、それとも女性蔑視なのか」
と思うよりも(笑←冗談ではなく本当にそう思ってしまうことがあったのですが)
「私の仕事を夫に手伝ってもらっている、なんとありがたいことか」
と思う方が、100倍気持ちが楽。


家事の分担を(自分の気持ちの中で)やめてからは、洗濯も掃除も料理も、あまり苦ではなくなりました。

家事は私、育児は夫

夫は家事が多少滞っても気にしません。(その心の広さは私が見習わねばならないところ)
なので、疲れた時に先延ばしにしても文句を言われることはないし、
自分の中で自分で決めた段取り通りに物事が進むのは、人の手を借りるために気を使うよりもずっと楽でした。


そして、夫はこどもたちの心をつかむのはとても上手。入院中、離れられないこどもたちを見ればよくわかります。
育児は完全に夫が主担当で私がお手伝いです。夫がいなければ一日もまわりません。

家事は分担していないけれど、育児も分担しないから結局イーブンなのですが、今の我が家のベストバランスです。


私のような極端な人間はあまりいないと思いますが、家事も育児も大事な仕事です。取り組んでいる方を尊敬するし、自分を育ててくれた母や祖母には感謝しています。

家事を夫に押し付けようと考えていた過去の自分のほうがむしろ女性蔑視だったのかもしれないと今は思います。


*関連記事*