適度に、適当に。

選択の多い人生ですが、家族で楽しく暮らしていきたいです。

昨夜見た夢の話。

最近、あまりブログを書かないでいたら何を書けば良いのかよくわからなくなってしまったので、昨日見た夢の話でも書いて生存をアピールしておこうと思う。
私はとても元気です。
* * *

自分はよく夢を覚えているほうだと思う。
誰でも毎晩いくつか夢を見ているけれど、忘れるものが多いと聞く。

家族に聞いても数日に1個覚えていれば多いくらいで、夢なんて見ないよと言っている。
寝言で笑ってたり泣いていたりするので、きっと何かの夢を見ていると思うのだけれど。

私は一晩に2、3個の夢を覚えている。眠りが浅いせいだと思う。
と言っても昼間には大抵忘れてしまう。朝、目覚ましを止めながら、
またあの夢だった、
今日は珍しく誰が出てきた、
と何となく思い返すくらい。

多いのは仕事に遅刻する夢と、逆に仕事先から帰れずに保育園に遅刻する夢。

いつも乗る特急電車を乗り間違えたり、改札からホームがやたら遠くて乗り遅れたり、降りる駅を間違えて乗り過ごしたりする。
もしくは寝坊したり、仕事先から退社する時間が遅れたり。


次に多いのは高校受験や大学受験を控えている夢。
自分が中学生や高校生に戻ることもあるし、社会人のままに受験をすることある。
社会人のままだと、保育園にこどもを預けてから試験会場に行ったり、試験に遅刻しそうになって自家用車で乗り付けて駐車場を探したりするので、自分でも起きてから笑ってしまう。


それから、前日にあった出来事を思い返して夢に見ることも多い。
たいてい、周りの人のちょっとした失敗を自分がやったことになっていて、どうやって謝ろうとか、気が重くなる。
実際には誰も怒ってないことでも、夢の中だと恫喝されたり厳しく叱責されたりして、夢の中だと実際よりかなり怒りっぽい私も反撃して怒鳴り合いになったりする。起きると眉間に青筋が立っていて、自分でも怖い。


こう書き出してみると、夢の中ではたいてい焦っている。
夢の途中で目が覚めると、動悸や息切れをしていたり。

何かのテレビ番組で、夢の途中で「これは夢だ」と気づく人は頭が良いとやっていた。

私は夢だと気づくことは滅多にないので、残念ながら頭が悪いのだと思う。

負け惜しみを言えば、夢の中で夢と気づいたら臨場感が失われてつまらない気がする。それとも自分が見たいように夢を改変できて面白いのかな。

夢だと気づくのは電話をかけるとき。
夢の中だと必ず電話番号を押し間違えてかけたい電話がかけられない。携帯でも職場や自宅の固定電話でも同じ。なんの夢の時でも掛けられないので、さすがに電話が夢に出てくると、
「これは夢なのかもしれない」
と思うようになった。



昨晩の夢では、中学を卒業するときの答辞を、卒業式当日に焦って考えていた。生徒会長ではなかったし、私の母校では答辞を読むような儀式もなかったのに。

しかも、職場で、職場のパソコンに向かってワードで書いていた。

職場の人に
「あれ?今日じゃなかった?間に合う?」とか言われながら、
「そうなんですよ、最後の締めがうまいこと思い付かなくて」なんて苦笑いして、本番30分前に何とか書き上げた。

書き上げた文章は、後悔ばかりの青春を送った30半ばの人間らしい説教臭くてつまらないものだったけど、
夢の中では
「史上まれに見る秀文だな」
「号泣間違いなし」と、自画自賛しながらプリントアウトするところで目が覚めた。

昨日は特に卒業に関係するような出来事もなかったし、テレビや映画も観ていないし、本も読んでいないので元ネタがよくわからない。

月末で締め切り間近の仕事がいくつかあるので、そのことが頭をよぎったのかもしれない。


それにしても、夢の中の自分の自信過剰や、意地悪さにはいつもうんざりする。

だけど多分、いつもの自分とあまり変わらないのだろうとも思っている。夢だと普段よりは客観的に自分を見ることができる、ということなのだろう。

こんな嫌なやつが周りの誰かでなくて自分で良かったと思う。自分は自分と付き合わないですむから。


ちなみに、私の夢はモノクロで、色が重要なファクターになるときだけ、昔の映画みたいに、その部分に色がつく。

モノクロの動画なんてほとんど見たことがないのに、何で夢はモノクロなのだろう。色彩感覚が無いからなのか。


たまにはスカッとするような冒険活劇の夢が見たいなぁと思う。
でも、日常のどろどろした夢もそんなに嫌いでもない。